間幕
聖カピトーリナ修道院、ここは名の通り王国の修道院として機能している場所です。他にも、侍祭から己の拳によって不死者を浄化する上位職、モンク(格闘家)になる際に手続きをとる場所でもあり、プロンテラから聖職者になることを志願した者に用意された試練の目的地でもあります。私は志願者の修道院到達を確認し、記録する者です。
先程一人の志願者が、美しい銀髪の剣士さんと共にここに訪れました。
志願者の名簿にも登録されていたクリスティーナという赤い髪の元気そうな少女でした。
しかし魔物の凶暴化が進む今日、どうやら二人は知性を備えたマンドラゴラ三体と不運にも遭遇してしまったらしいのです。これも神の思し召しなのでしょうか・・・
兎にも角にも、二人が無事にここまで来れたのも、神の所業、感謝致します。
そして、知性をもったマンドラゴラの発生の件を大聖堂に伝える必要が出てきました。今後、聖職者に与えられる試練の内容を変更する可能性も出てきたわけです。今回は、少しばかり忙しくなりそうですね・・・。
傷つき、疲労の色も濃かった二人には、修道院の方で休息を取らせました。しかし暫くした後に、日が暮れる前に首都に戻れるようにと、二人はまた森の方へと歩いて戻られました。
・・・どうか二人に神の加護のあらんことを・・・。
第一章 第三節
日が暮れ始めた・・・。
首都プロンテラ、大聖堂の前にて、僕はクリスが現れるのを待っていた。両手に、ビレタと呼ばれている聖職者が身に付ける帽子―――プレゼントする為に購入したもの―――を持ちながら。
ちなみに、修道院からの帰り道は、句あれば楽ありと言う諺の様に、行きとは打って変わって何事もなく穏便に事が運んだ。日も落ち始め、風も心地よく吹いてくれたお陰で、二人とも特に疲れるといったことも無くここまで辿り着くことが出来た。
道に敷き詰められた石畳をかつかつと足で鳴らす。もう随分と待たされているが、流石に誰にも文句は言えない。何よりも、早くクリスの喜ぶ顔が見たかった。
かつっと石畳が鳴る。僕でない、誰かの靴の音。
僕は、ゆっくりと、振り向いた。
聖職者の服を纏った彼女は一段と、美しく見えた・・・否、正直なところ、見惚れていたというべきかも知れない。
「ごめんね、待たせちゃって。・・・似合うかな?」
恥ずかしそうに苦笑しながら、クリスはそう聞いてくる。
「うん、凄く似合ってるよ。そして、おめでとう、クリス」
手に持つビレタをクリスの頭に被せる。落ちかけた日が世界を仄かに紅く染める。
侍祭の姿は彼女に・・・とても、似合っていた。
「えへへ・・・ありがとう」
照れ隠しに微笑むクリス。夕日が彼女の笑顔をより美しく見せていた。
・・・そろそろ、別れの時だ。僕は口を開こうとして
「それじゃあ」 「待って」
止められた。
「アルはこれから、どうするの?」
「そうだな・・・もっと剣の腕を上げるために、世界を回るつもりだけど・・・」
嘘ではない。それは僕の本心だった。強い騎士に成ることが、僕の今の目標だから。
「・・・私も、連れて行ってくれないかな・・・?」
俯きながら、とんでもないことを口にするクリスに僕は思わず狼狽してしまう。
「え・・・でも、君のお父さんやお母さんが心配するだろう?」
「親には早く独り立ちしなさいって、言われてるの。それに、どの道、私はこの街を離れて、世界を旅するつもりだったから。出来ることなら、折角知り合ったアルと一緒に行きたいって、そう思ったの」
俯きながら、またしても、とんでもない事を、口にする。僕の思考は、突然のことに混乱した。涼しい風が彼女の髪を揺らす。
「貴方の力に、なりたいの」
―――止めだった。
「・・・判った。その代わり、両親に素直にこのことを話す事。駄目だったら、素直に諦める事。これが、僕がクリスをつれて旅に出る為の条件だからね。これだけは、譲れない」
当然だが、こんなこと、僕一人だけでは決められない。一度本人の両親にもあって話を聞く必要があるだろう。
うん。心の中で、確認するように頷く。
「明日、僕が君の両親に会おう、そこで答えを聞くよ」
「・・・うん、分かった」
クリスは、何故か笑顔で答えた。
「アルが私のお願いを、真剣に受け止めてくれただけでも、私は満足だよ」
この眩しい夕日に感謝しよう、そうでなかったら今頃僕の頬が真っ赤に染まっていることを、クリスに気付かれたかもしれない。とても・・・頬が熱い。
「それじゃあ、明日の朝に、もう一度ここで会えるかな?」
「うん、明日の十の刻に、またここに来るよ」
どうしてだろうか、また逢えることが、とても嬉しく感じる。こんな感覚、生まれて初めてだ。恋だの愛だのというのは、恐らくこのことなのだろうか・・・。未熟な僕にはまだ、それが理解出来ない。かといって決め付けるわけにもいかず、僕の思考はなおさら混乱する。その中で、
「今日は、本当に、ありがとうね」
クリスはにこやかに、僕に近づき・・・
・・・え?
彼女は今、僕に・・・何をした?
「それじゃあ、また明日、絶対に会おうね」
「う、うん・・・こちらこそ、今日はありがとう。それじゃあ」
クリスはそれからすぐに街並みへと駆け出した。
彼女の姿は、あっという間に街の人ごみの中へと消えてしまったが、僕の唇にはまだ仄かに、クリスの感触が残っていた・・・。
我ながら大胆なことをした、と思う。現にまだ、頬が熱い。どきどきの連続だったように思える。夕日で紅く染まった街並みの中を、私は一目散に自宅へと駆け戻った。
そのままの勢いで、私は玄関のドアを開ける。
「ただいま!!」
「あら、お帰りなさいクリス。やったわね、試練に合格出来たみたいじゃない」
「お帰りクリス、父さんはますますクリスを自慢に思うよ」
にっこりと父と母。この微笑みで私は家に辿り着いたことを実感した。
「うん、ちょっと大変だったけど、ね」
私も負けじと元気に微笑み返す。
「その話はご飯を食べながらにしましょうか、お腹も空いてるでしょう?それに、今日ばかりは晩御飯、ちょっと張り切っちゃったから、いっぱい食べてね」
思えばいい香りが漂ってきているのが分かる。母の喜ぶ気持が、少しだけ理解できた気がする。
さてと・・・私は気を引き締めた。どうやって二人を説得しようか・・・恥ずかしいことに、そのことで私の頭の中は一杯だった・・・。
「アルフォンス・アークライト君か・・・判った。明日にでも、家に来てもらいなさい、クリス」
「クリス、若いうちに頑張って、世界を見聞してらっしゃいね」
更に恥ずかしいことに、両親は私に説得されるまでもなく、乗り気だった・・・。
私はただただ、冷や汗をうかべつつ、ただただ苦笑するばかりだった。
ただ、明日になって、アルはどんな顔をするだろうか?
そのことだけはとてもとても、気になって気になって仕方が無かった。
今日ほど神に感謝した日は、今までに一度だけしかない。
それ程に、今日という一日は、とても大事な一日だった。
ああ、興奮してしまって、眠るにも眠れない・・・。
アルの条件に答える準備は整ったんだ。さあ、早く明日になぁれ。