Ragnarok Online Original Story
Written by 雅[ELE]
第一間章 第一節
「は・・・・ぁ・・・・」
呼吸が出来なくなる。息が上手く続かない。体の細胞の一つ一つが悲鳴を上げ、酸素を求め暴れる。が、まるで呼吸の仕方を忘れてしまったかの様に、息が出来ない。それに、体が全くといっていい程、動かない。
原因不明の何かに体の自由が奪われてから、どれ位の時が経っただろうか。
私―――エメラルディア・オクトハイムは、着実に死に近づきつつあった・・・。
「母さん、しっかりして・・・!」
目に涙を溜めて娘が私に声を掛けてくる・・・。
その泣き顔のなんと悲しいことか。クリスにこんな顔をさせているなどと思うと、居ても立ってもいられなかったが、皮肉にも私の体は、それすらも赦してはくれなかった。思うが侭に動いてくれないこの体を、私は心底、呪う。
・・・と、今になって気が付いた。
「・・・まさか・・・っ」
そう、これは呪い―――私がまだ冒険者として生きていた頃に受けた呪い。
日増しに大きくなる違和感、思い通りに動かなくなっていく体・・・全ては、あの過去からの産物だったのだと、今更ながらに思い知らされる。
・・・もしもそうならば、よくここまで生き長らえたものだ、と私は思う。
「・・・どうしたの、母さん?」
苦労しながら顔を傾ける私を、心配そうに娘が見つめる。
「・・・っ、・・・フェイ・・・?」
私は娘の隣で必死に薬の調合をこなしている夫・フェイトの愛称を、呼んだ。叫んだつもりで呼んでみたのだが、この体では、掠れる様な声を出すだけで精一杯だった様だ。
「何か原因がわかったのか、エミリア!?・・・いや、苦しければ無理に喋らなくってもいいからな・・・」
すぐに気付いて、フェイは私の方に聞き返してくる。その優しい表情も、どことなく危うい。どうやら私は、相当参って見えるらしい―――否、実際、相当参っている。
―――それでも、これだけは、伝えなくては。
「もしかして・・・この原因・・・って・・・」
まるでその先を言わせまいとせんばかりに胸が苦しくなる。それでも、この苦しみに負けるわけには、いかない。
「・・・オシリス・・・なんじゃ、ないのかし・・・くうっ・・・!!」
オシリス。その単語を口にした途端、心臓が鷲掴みにされたような感覚に襲われた。
同じく、その単語を耳にしたフェイの表情が驚愕の色に染まる。
「そんな、まさか・・・あれはもう十年以上も昔の話じゃないか・・・!いや、いい。もう、何も喋らないでくれ、エミリア。君はまず、第一に自分の体のことを考えてくれ」
何とか心を落ち着かせようとしながら、フェイはクリスに声を掛ける。
「・・・クリス、今すぐに大聖堂に向かってくれないか。私も母さんを抱えてすぐに向かうから、先に事を伝えてくれ」
「うん、分かった。でも、どう伝えればいいの、父さん?」
クリスは頷きながらも慌てず、しっかりと聞くべきことを聞こうとしている。さすが私の自慢の娘だと微笑んであげたいのだけれど、残念ながらそんな余裕は私には残されていない様だった。
「そうだな・・・不死者に呪われた母さんを助けて欲しい、そう伝えてくれないか。詳しい事情は、私が話す」
「分かった。それじゃ、急いで行ってきます」
フェイが伝えるべきことを話すと、すぐにクリスは、私の部屋から外へ走りだしていった。
・・・と、
「通りで、俺の力じゃエミリアを救えないわけだ・・・くそっ」
悔しそうにフェイが呟いた。両の拳が強く握られ、震えている。
「でもな、絶対に、呪いなんかでお前は、死なせはしないからな」
私は今の状態で、いつ死んでもおかしくは無いのに―――なんて力強い、虚勢。
「うん・・・私も、娘の門出を見るまでは、こんな呪いなんかじゃ・・・死なない、から」
私も、力強く、頷いて、微笑んで、見せた。
無理して微笑んだ所為だろうか、私の意識は、そこで途切れてしまった・・・。
雪の降る夜のプロンテラ、その街の中を、兎に角私―――クリスティーナ・オクトハイムは全力で駆け抜けた。母をこのまま失いたくは無い、それでも目に涙が滲むのは、母が死の淵に立っている事が理解出来ているからなのだろうか。
・・・然程時間もかからずに、大聖堂へと辿り着くことが出来た。そのまま、重い扉を開いた。暖かい風が、冬の夜風で少し冷えた私の体を暖める。私はすぐに大聖堂の奥へと駆け出した。
そこには男性の司祭が一人。すぐに私の存在に気が付いて、近づいてくる。
「こんな夜中に、いったいどうなされました?」
「あの・・・私の母がどうやら不死者の呪いか何かで苦しんでて・・・すごく危険な状態なんです・・・」
「分かりました、すぐに他の司祭を呼んで準備をしましょう。・・・ところで―――」
「―――クリスティーナです」
「クリスティーナさん、お母さんがどんな不死者から呪いを受けたか、分かりますか?」
そこで、あの単語を私は再び気に留めた。オシリス、それは私にはとても不吉な言葉の様に思えた。
「よく分からないんですけど・・・母はオシリス、と口にしていましたが、何かこの言葉が手助けになりますか?」
オシリス―――やはりこの単語は、目の前の司祭さえも驚愕させる程、不吉な意味を持つものなのか・・・。
「わ・・・分かりました。こちらも最高司祭をお呼びして、出来る限り善処します。少し聖堂の席に座って、お待ち下さい」
「・・・ちょっと待って下さい。一つだけ聞かせてくれませんか。オシリスって、いったい、何なんでしょうか?」
そのまま駆け出そうとする司祭に私は声を掛けた。どうしても、この言葉の意味が知りたくて仕方がなかった。
そして、その答えを耳にして、私は驚愕のあまりに気を失いそうになった。
「オシリス、それはこのミッドガルドにおいて最も恐れられる、不死者の王たる存在です」
第二節
まさか、原因が、あの時のオシリスにあろうとは、思いもしなかった。否、思うどころか俺は、この十数年前の出来事を、記憶の彼方に置き去りにした侭忘れてしまっていた。
今までに色々な薬草や薬の調合を試みたが、通りで全く効果が無い筈である。何せ、呪いとは言えども、相手は不死者の中でも最強にして最凶たる王なのだ。
そう、足掻くなら、神聖な魔法や道具に頼るしかない。
「・・・エミリア、もう使うことも無いと言っていたものだが、使わせて貰うよ」
そう、神聖な、武装。俺は物置の中に納められた一つの箱を取り出した。厚紙で出来た、なかなか大きなつくりの箱の蓋を開けると、中には黒い修道服や十字架、聖書といった聖職者が身に付ける装備品が幾つも入っていた。どれも、只の司祭にはどうやっても手に入れることの出来ない、魔法の道具ばかりである。
全て、司祭・エメラルディア・オクトハイム―――俺の妻、エミリアの残した道具である。一度オシリスを倒すことに成功したこの武装があるなら、何とかなるかもしれない。
問題は、このプロンテラの司祭に、かつてのエミリア程の実力者がいるのか、ということである。流石に、この道具だけではあの呪いを掻き消す事は不可能だろう。
・・・正直、不安だ。
「さて、かつてない人生の山場だな・・・エミリアの言う様には行かないかもしれないが、いつも通りにこなしますか・・・負けてたまるかってんだ」
こんなところでエミリアを失うわけにはいかないんだ。俺にも、クリスにも、エミリアはまだまだ必要不可欠な家族なんだ。たかが呪いくらい、掻き消してやる・・・そう考えると、心から力が湧いた。
俺は持てるだけのものをリュックに詰め、エミリアの体を抱えようと、エミリアの寝室へ戻ろうとして・・・
もう一つの箱の存在に気が付いた。
「こいつも、何かの役に立つかな」
大聖堂には数名の司祭と侍祭の影、そして娘の姿があった。しかし、クリスは随分と顔色が悪く見える。恐らくオシリスが何かということが分かって、血の気が引いてしまったのだろう。現に、
「父さん、母さんはどうしてオシリスの呪いなんかを受けてるの?十年以上も昔に、いったい何があったの?」
こんなことを聞いてきた。
「・・・クリス、それは後で話そう。今は、それに答えている余裕はないんだ」
クリスはうんと頷いた。周りを見る目が鋭い、育て親ながら、よく出来た娘だと思う。
「あなたがクリスティーナさんのお父さんですか?事情はある程度聞きましたが・・・診てみたところ、やはり彼女の体には、オシリスの気配があります・・・」
黒の修道服をまとった、女性の司祭が声を掛けてくる。
年は私やエミリアと同じくらいだろうか・・・しかし、その体に背負うものは、とても大きく感じられる。恐らく、プロンテラの最高司祭だろうか。しかしそれにしては若すぎる。
その司祭の言葉は、少なくとも予想出来たものだった。
エミリアの神聖な力が失われたのも、過去のオシリスとの戦闘が原因だとするならば、辻褄は実に合うのである。実際にあの時、オシリスが倒せたかどうかの確認が取れなかったが、まさか、エミリアの体の中に入り込むとは。
「つまり、妻のエミリアの体にオシリスが入り込んでいる、ということでしょう?」
「はい、平たく言えばそうなります。しかし、彼女は無意識に力を、オシリスを押し止める為に使い続けた事で、今までは無事に居られたのだと思います。どちらかというと、体の中にオシリスを封印していると言う状態に近い・・・」
やはり、思った通りだ。オシリスは、滅びてはいない。
「・・・それで、どう対処すればいいのでしょう?このままではとてもじゃないが、エミリアの体は持たない」
「ええ。確かに彼女の体は危険に晒されています。なのでこちらの対処としては、オシリスを彼女の体から切り離すしかないでしょう。そこを、全力で叩きます」
・・・十数年、いや、正確には十三年前の、再来か。
「・・・確かに、それしかありませんね・・・。俺なりに助けになるならと思って、昔エミリアが使っていた神聖な武具を色々と用意してきましたが、役に立つでしょうか・・・?正直、俺には荷が重い話です。ここで俺達がオシリスに敗れたら・・・被害が及ぶのは、少なくとも大聖堂だけじゃ済みません」
俺は少し俯いてしまった。心の不安が、体に出てしまう程に、大きくなっていた・・・
が―――
「そんな落ち込んだ顔をなさらないで。幸いですが、オシリスは彼女の力の影響で、まだ弱ったままです。まだ、最悪の結果には至っていないのですから、私達、そして神を信じて下さい。私だって、多少の不安はあります。でも、人の命が掛かっているのです。決して私は負けるなんて、そんな拙い事は考えません」
目の前の、まだ名も知らぬ司祭は、俺ににっこりと微笑みかけてくれた。
・・・参った。まるでエミリア、そのものの言葉じゃないか。目の前にいたのがエミリアだったなら、きっと同じ事を言われたに違いない。今の一言で、俺ははっきりと目が醒めた。
「よし・・・俺も全力をもって協力します。取り敢えず、道具を見てくれますか?エミリアが聖職者だった頃の、装備一式です」
暫く司祭はリュックの中を見る、その数秒後、
「・・・はい、大いに役に立ちます。少し、お貸し頂けますか?」
そういう彼女の顔は、弾んで見えた。流石に司祭とは言え、これ程の装備は、そうそう集めることなんて、出来ないだろう。
「ええ、エミリアの為です、喜んで」
俺は快く承諾した。
「分かりました。私達が出来うる最大限の努力を尽くしますね・・・、後は私達、聖職者の頑張りどころです。・・・貴方は、神を信じて祈っていて下さい」
互いに、にっこりと微笑み返す。この微笑みは、俺の為でもあり、目の前の彼女の為でもあるが、その意味は既に彼女にも伝わっている筈だ。いや、俺の方が、そう教えられたというべきか・・・暫く忘れていたが、冒険者だった頃を思い出す・・・。昔はよく、エミリアと互いに励ましあったものだ。
「私は一度、これらの装備に着替えます。皆はそれぞれに十字架とブルージェムストーンの用意をしておいて」
『わかりました』
この場を立ち去りながらの司祭の声に、大聖堂の聖職者全員が同時に答える。やはり、彼女が最高司祭なのだろう。そこで、
「一つ聞いていいですか、貴方の名前は―――?」
俺は彼女を呼び止めた。その司祭は俺に振り向くと、さり気無く答えた。
「リディア・レイディアントです、リディアとお呼び下さい」
俺は司祭の名前に、少しだけ驚いた。
リディア―――偶然にも、それはこの世界に居たと言われる神の一人と、同じ名前だった。
「クリスティーナさん」
聖堂の座席に座っていると声を掛けられて、私は直ぐにそちらへと振り向いた。目の前には、先ほど着替えるといってこの場を後にした司祭、リディアさんが立っていた。父さんが言うには、この装備は元々母さんが使っていたものらしい―――私は今日という日まで、母さんが昔、司祭だったことを全くもって知らなかった・・・。母さんが司祭だった頃を、リディアさんの格好から想像してみる。残念ながらリディアさんは金髪なので、上手くイメージ出来ない。
「ええと・・・クリスティーナさんはちょっと聖職者としての資質が強い様なので、これを持っていて下さいませんか?」
リディアさんが私に渡したもの、それは数個の、透き通った青い色の石だった。確か父さんがよく露店で出している石と、同じ様な気がする。
「これはブルージェムストーンと言って、術者に掛かる負担を肩代わりしてくれる石です。クリスティーナさんはちょっと力が強いから、もしも無意識に何かの力を使ってしまうと負担が掛かってしまいます・・・ですからこの石を持っていて下さい」
「はい・・・でも、力が強いって、何のことですか?」
私は青い石を見つめた後、リディアさんの顔を見上げつつ聞いてみた。
「はい、貴方のお母さんの影響でしょうね。お母さんは最高司祭である私よりも神聖な力が強い、司祭の中でも稀に見る実力者だった様です。だから彼女の子供である貴方にも、その力が受け継がれていたとして、何の不思議もありません」
母が、それほど凄い司祭だったなんて、どうして今まで分からなかったのだろうか?
他にもいろんなことが、疑問に残った。
「分かりました。でも、無意識に力を使ってしまう事なんて、あるんですか?」
「ええ、貴方みたいな力が強くて、聖職者の経験を積んでいない者の中には、無意識に力を使ってしまうなんて事が、有り得るそうです・・・私も実際に、見た経験は無いんですけどね」
にっこりと微笑むリディアさんの表情は、どこか母さんに似ていた。そこでなんとなく、母が司祭である頃のイメージが出来上がった。うん、とても魅力的だと思う。
「・・・クリスティーナさん、出来れば私の近くに居てくれませんか?もしかしたら、貴方の力を頼ることになるかもしれない」
一瞬だけ、リディアさんの表情が暗くなった・・・様に見えた。
「えっ?」
「オシリスとは、それ程の相手なのです・・・しかも、先ほどの間にお母さんの体を診てみましたが・・・貴方のお母さんには、未だオシリスの気配が残っています」
頭が真っ白になりそうな、一言だった。
「・・・父さんは、十年以上も昔の話だと、言っていましたが・・・?」
「はい、彼女は無意識に、十年以上も、オシリスをあの体に閉じ込めていたことになります―――今まで見たことも聞いたこともない事ですが、しかし目の前にある、現実です。そして彼女自身、オシリスを封じ込める事に限界が来ているのでしょう、いいえ、よく今までもったものだと、関心します」
なんて話だろう・・・無意識とはいえ、十年以上も、母さんは不死者の王を閉じ込めていた。その現実に、今まで私は全く気が付かなかったなんて。
「この後の事は、皆にも聞いてもらいましょうか・・・ついて来て下さい」
そう言ってリディアさんは聖職者の人達の下へと歩いていった。私も直ぐに後を追おうとしたが、入れ替わりに父さんが座ってきたので、直ぐに立てなくなってしまった。
「・・・クリス、リディアさんの横についていてやってくれないか?」
「うん。ついて来て下さいって言われたから、今から行こうとしていたところだよ」
「いざとなったら、彼女の力になってくれ。頼むぞ」
いつもの様に、父さんは私に微笑みながら頭を撫でてきた。大きな掌が被さってくる感触が、少しだけ私を安心させる。
「うん、それじゃ、行ってくるね」
私は母の様に、出来るだけ優しく、にっこりと微笑んでみた。
私にどれだけの事が出来るか分からないけれど、やれるだけの事をやってみよう、そんな力が、自ずと湧いてきた・・・。