第三節
全力をもって協力する、と俺は言った。
全力で、とは何も道具だけの事を指しているわけではない。俺自身の力も、そこには含まれている。まだ、衰えてはいない筈だ。
「さて、久々に、これを使う日が来るかもしれないな」
両手には、俺が全力を出す為の武器がある。もう十三年もの昔に、物置にしまってしまった物だが、なんとか保存の仕方が良かったらしく、刃こぼれ一つ無い。
それでも、一瞬の隙を作るのが、俺では精一杯だろうか・・・いや、それで十分だ。あの司祭、リディアならその一瞬で十分、事足りるだろう。
俺は、両手に力を込めて、愛用の斧を握り締めた。
ぱきり。
何かが私の中に入り込んで来る様な感覚と同時に、リディアさんの手の中で青い石が砕けた。聖域、という神聖なフィールドが、母さんの体を包み込む。どうやらこれでオシリスと母さんの体を切り離しやすくするのだろうか。
他にも、術を使用する人や、その周囲の人の身体能力を向上させる祝福や速度増加といった能力が私や父さん、母さんを含めた全員に付与される。
私にとって初めての戦いの、始まりだった。
「それでは、オシリスをエメラルディアさんの体から、切り離します。・・・皆、ホーリーライトの詠唱を」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
司祭、侍祭を含めた十数人の聖職者全てが、神の威光の詠唱に入る。
・・・その詠唱の中で、オシリスは枷から解き放たれた・・・。
「―――あ」
人の数倍はある、人の形をしたそれは、体の全てを腐った包帯に巻かれていた。よく不死者の中でも耳にしたりする、マミーを巨大化したようなものである。頭には生前、王であった名残である王冠が、その下には包帯の中で紅く光る片目が見えた。
・・・その姿に、その目に、私は威圧され、何も出来なくなった。・・・いや、空気そのものが、オシリスによって異質なものに変わっていた。これが、不死者の王たる力なのだろうか・・・異臭がしたかもしれないが、今の私にはそれを感知する余裕は無かった。
その刹那―――
『ホーリーライト!』
神の光が頭上から降り注ぐ。眩しさのあまりに、反射的に腕で目を覆っていた。
光が少しずつ収まって、先がようやく見えようとした、その時点で。
オシリスは、私に向かって、その腕を、既に振り下ろし始めていた。
咄嗟の事で避けようが無く、私の体が叩き飛ばされる・・・前に。
「クリスッ!リディアさんと共に後ろに下がれッ!!」
父さんが斧でオシリスの攻撃を凌いでいた。あんな斧なんて、私は一度も見たことが無い。それでも私は、自然と父さんの今の姿を受け入れることが出来た。恐らく、母さんが聖職者として各地を冒険していた頃に、父さんも一緒だったことが予測出来ていたからだろう。
私はリディアさんに腕を引かれ、その場から後退した。しかし、後ろは聖堂で、横幅はあるとしても、行き止まりだ。更に、後ろには他の聖職者の人達もいる。少し下がっただけで、リディアさんはその足を止めた。
「皆は私から離れて、フェイトさんの支援を!」
一度だけの指示。その後リディアさんは私に向き直った。
「・・・フェイトさんがオシリスを食い止めている間に、私は聖なる十字架をここに召喚します。もしもフェイトさんが耐え切れなくなって、それまでに私の詠唱が終わっていなかった場合、貴方は私から離れて下さい」
「・・・嫌です。そんなこと、出来ません」
私は正直に自分の意見をリディアさんに叩き付けた。どうせ、死ぬならリディアさんと一緒に、そんなことさえ考えてしまったが、リディアさんがいなくなっては、母さんも誰も助からない。ならば出来る限りの事をしてリディアさんを守るしかない、などと、自分に出来るかどうかも曖昧な答えを自分の中で、ただ決定していた。
その答えを悟ったのか、リディアさんはにっこりと私に微笑んでくれる。
「貴方は今日出会ったばかりの私に、命まで掛けてくれるのね・・・ありがとう」
ふと、背後から抱きしめられる形になった。その、私を抱いたままの体勢で、リディアさんは目を閉じて詠唱を開始した。
・・・何故だろうか、心が安らいできて、そのまま、私は目を閉じた。
こうすることで皆が助かる、そんな心地と共に、私の意識は無意識へと、静かに沈んだ。
そう、それは、眠る様な、感覚・・・
がぎり。
周囲の聖職者から発せられる癒しの力に救われながらの、俺とオシリスとの戦いは、悲しいことに一分も持たず、意外な事であっさりと終焉を迎えた。
・・・斧が、折れたのだ。
「なっ・・・」
次の一瞬で、俺はオシリスの太い腕によって弾き飛ばされた。そのまま近くの壁にめり込む。
「ぐふっ・・・!!」
何て重い一撃だろう・・・俺はあの一撃をまともに受けただけで、動けなくなってしまった。恐らく肋骨が数本いかれただろう。意識もはっきりせず、立つことさえままならない。
「くそ・・・っ」
オシリスはすでにこちらを見ていない。新たな矛先は、リディアとクリスに定められていた。
・・・駄目だ、それだけは。
何かを詠唱しているのだろうか、二人は全く動く気配が無い。
「・・・クリス・・・、逃げろ・・・っ」
肺もやられてしまったのか、声にならない。勿論、クリスの耳に届く筈も無い。自分はこうも無力だったのかと思い知らされる、そんな絶望の光景が、今、目の前に起こりつつあった。
聖職者達は必死に足掻こうと、神の威光を立て続けに連発するが、その中でうめきをあげながら、ゆっくりとオシリスは腕を掲げ、振り下ろした。
―――絶望する余裕なんて、ありはしなかった。
突如、激しく輝く光で作られた柱が発生し、オシリスの腕が上に跳ね上がる。
セーフティウォール―――エミリアから昔聞いたことがある。近接攻撃の一切を無効化すると言われる魔法防御壁。
・・・やってくれた。エミリア譲りの強大な力は、恐らく無意識に、その防御壁を作り上げてしまったのだ。
その直後、リディアが動いた。詠唱が遂に完了したのか。
「マグヌスエクソシズム!!」
地面に光り輝く十字架が召喚され、オシリスを殺す。
光の中で、不死者の王は大きく低いうめきをあげながら・・・消滅した。
「・・・あ」
気付けば私は横になっていた。目の前に父さんと母さんの姿が目に映って、思わず私は嬉しさのあまり泣き出しそうになってしまった。
「・・・よくやってくれたな、クリス。お前が居てくれなかったら、今頃、皆死んでた頃だぞ」
「え・・・?」
にこりと笑う父さんの言葉が、いまいちよく理解出来なかった。私は、あれからいったいどうしていたのだろう?
「ありがとう、クリスティーナさん。貴方の力のおかげで、なんとか無事にオシリスを消滅させることが出来ました」
「あの・・・私、いったい何をしていたんですか?」
「・・・うん、それは私も聞いてみたいです・・・。私は大聖堂に来る以前から気を失っていましたから」
取り敢えず、一番近くに居たリディアさんに答えを求めることにした。母さんも気になるのか、同じ事を聞きたいらしい。
「ええ、エメラルディアさんが無意識に封印していたオシリスを切り離して、そこを叩く筋書きでしたが、オシリスは予想外に強く、私が十字架召喚の詠唱に入って直ぐに、フェイトさんの斧が壊れてしまって、フェイトさんがオシリスに弾き飛ばされてしまったのです。そしてオシリスの攻撃が私とクリスティーナさんに届く瞬間、クリスティーナさんがエメラルディアさんから受け継いだ力が無意識に魔法防御壁という形で発現して、オシリスの攻撃を弾いたんです。その間に私は十字架召喚の詠唱を完成させて、見事私達はオシリスの消滅に成功したんですよ」
「・・・クリスが、魔法防御壁を・・・?」
やはり母は驚いている様だ。どうやら魔法防御壁の発現というものは、聖職者の間でも簡単には行えない事なんだろう。
「ええ、全く驚きました・・・。そこでですが、今度クリスティーナさんがよろしければ、聖カトリーピナ修道院の方で、聖職者としての訓練をしては頂けませんか?」
「え・・・?」
急な内容なので、私は返答に困る。そこを父さんと母さんは強引に押し切った。
『ええ、お願いします』
と、息もぴったりに。
「第一、力があっても制御出来ないんじゃ困るでしょう、クリス?この際、生まれ持った力があるんだから、ちゃんと使えるようにしてみましょう」
「うん・・・」
母さんの提案に私は反論出来ない。それに、ちょっと今回の件で、聖職者というものに憧れつつある自分がいたりもするのだ。ここで断る理由なんて、無い。
「ようし、決まりだな・・・父さんも応援するぞ。何せ今日なんてクリスのその力に命を助けて貰った様なものだからな」
思えば、私が意識を失うまでずっと緊迫していた筈の空気はなくなっていた。いつの間にか、いつも通りの穏やかな雰囲気に戻っていた。と、その時点で、気付く。
「うわ・・・」
「どうした、クリス?・・・あっ・・・」
「あら・・・」
「・・・・・・・・・・・」
聖堂があちらこちら、ぼろぼろになっていた。無理も無い、オシリスが父さんと戦っている間に、壁や床にはいろいろと穴が開いてしまったのだ。ましてや神の威光に魔法防御壁、十字架召喚・・・オシリスだけに効果が出るとは言っても、オシリスが触れている箇所には色んな力が作用しているに違いない。特に聖堂の道の中央、私とリディアさんが詠唱に入った場所の被害は凄かった。それはもう、リディアさんは何も喋れなくなってしまった程に。
周りにいた聖職者の人達も、どうやら困った顔で相談しているみたいだ。
「これは、大聖堂の修復、大変そうですね・・・」
父さんが冷や汗混じりに聞く。
「ええ・・・時間もお金も、かかりそうです・・・」
う〜ん、どうも大変らしい。
「でも、命が助かったっていうのに比べれば、些細なことだと思うけど?」
「確かに、よく考えれば、取り敢えず無事に終わったんですね・・・本当に、リディアさん、でしたか?」
母さんが聞くと、リディアさんはにっこりと、答える。
「リディア・レイディアントです」
やはりこの笑顔、母さんに似ていると改めて思う。私も、いずれは母さんやリディアさんの様に微笑む事が出来るだろうか。
「本当に、ありがとうございます、リディアさん」
「ええ、困った人を放って置けない人なんですよ、私は。でも、今度ばかりは私が困ってしまいそうです」
「大丈夫ですよ、フェイは顔が広いから、いい大工さんに安く頼んで貰いますよ。勿論、お代はこちらで支払います」
「え!?ちょ、ちょっとエミリア!?」
「私の装備を無断で持ち出した罰です。折角クリスには内緒にしておいたのに、私が元々聖職者だってこともバレちゃったわけだし・・・」
「・・・ぅ」
父さんも凄く困ってるみたい・・・。母さんはわざと凄く怒ってるみたいに見えるし・・・。
兎に角、私が一番、困りそうだ。
「なんてことを思い出してたわ、私」
「確かに懐かしいな」
暖かな夕日が沈み始める頃、自宅のテーブルを挟んでゆったりと話し合うフェイとエミリア。クリスは、正式に聖職者になる為の試練を受けに行ったまま、まだ戻ってこない。
「しかし、本当に、あの時は私、もう助からないと思っていたわ」
「俺もだよ・・・。実際、オシリス相手にはもう斧は振るいたくない」
「ふふ、確かにね。そういえば、あの折れてしまった斧、どうしたの?それに、肋骨も折れたって言ってた割には、すぐに元気になったし」
「ああ、斧の方はこっそりと修復して、再び物置の中だよ。体の方は、リディアさん達に癒して貰ったから、すぐに直ったよ」
「思い出の品になったわね、愛用してたあの斧」
「もう売るにも捨てるにも出来なくなったな・・・そういえば、エミリアに返した装備はどうしたんだ?」
「勿論、愛娘の為にとって置いてるわよ。あの子も、直ぐに私みたいな実力者になると思うの」
暖かな風が窓から吹き込み、カーテンを静かに揺らす。もうそろそろ、日が暮れる頃だ。
「さぁて、そろそろ帰ってくるわね、あの子・・・侍祭になったクリスの姿を早く見たいわ」
という、エミリアの言葉のすぐ後に、
「ただいま!!」
という元気なクリスの声が玄関から聞こえてきた。
「全く、クリスの事は俺より敏感だよな、エミリアって」
「あら、娘相手に妬いてるの?」
「まさか。たまに意識が同調してるんじゃないかって不思議に思うだけだよ」
「ふふ、私にあの子が似てきただけよ。今度退屈な時にまた話すとして、今は娘の晴れ姿を祝いましょう」
そう、まだまだ話すことは、沢山あるのだから。
二人は、急いで玄関へと歩み寄った。