彼女の名は七瀬留美。今年からリリアン女学園高等部2年松組に入る転校生である。 普通の公立に通っていた留美だが、ごく最近、両親の都合で引っ越す事となった。 そこで乙女志望の留美が目をつけたのが、都内でも有名なお嬢様学校、リリアン女学園だったのだ。 そこから先の留美は早かった。 両親に頼み込んで、リリアンへの転入許可を貰い、すぐさま手続きを取る。 勉強して転入用の試験にも無事合格した。この間僅か1ヶ月。 留美は現在、リリアン女学園の中にある並木道を歩いていた。 周囲にざわめきが起こる。 電光石火の早業で入学した留美も、用意出来ないものが1つだけあった。 ざわめきの原因はそこから来ているようだ。 黒を基調としてアイボリーのラインが入る古典的なリリアンの制服。 留美が用意できなかったのはその制服だった。 仕方ないので前の学校の制服を着て来たのだが、見た目が全く違うので目立つことこの上ない。 転入そうそう目立つのも乙女としてどうかと思うので、少し早足で駆け抜ける。 「あなた」 目の前にそびえるマリア像を横切ろうとした時に、後ろから声がした。 「早足のあなた」 それが自分にかけられた声であると気付かず、先に進もうとした留美は、 少し強めの同じ言葉で、立ち止まり振り返った。 風が吹いた 風で、後ろのマリア様が、目の前に移動した。 靡く薄桃色のウェーブがかかった髪を揺らしながらそこに佇む一人の少女を見て、留美はそう感じた。 吸い込まれるような感覚。紅薔薇(ロサ・キネンシス)だとか薔薇さまだとか、 そういった周囲の音がガラスの向こうの声のように小さく聞こえた。 「マリア様には、お祈りしないとダメよ」 その中でただ1つ大きく聞こえる声の持ち主は、 それだけ言うと静かにマリア像に向かって祈りをささげた。 「ああ、それと」 「襟元が、乱れているわ」 お祈りを終えた少女は、留美の元まで近づくと留美の襟元を正し、 「ではごきげんよう」 と一言言って颯爽と構内へ消えた。 留美は暫く、その場に立ち尽くした。 マリア様の像は、そんな留美を笑っているかのようだった。