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 いくら何でも学校に乗り込んでくるような事はなく、午後も順当に過ぎる。
そして、放課後が来た。授業を終えた留美は、まず薔薇の館に向かった。
真希につけられているとも知らずに…。

「何しに来たの?」

 開口一言、雪見さんはそう言った。かなり刺々しい口調だ。

「いや、あの…黄薔薇(ロサ・フェティダ)に呼ばれて…」

「黄薔薇(ロサ・フェティダ)!」

 留美の答えを聞くと、雪見さんはそれだけ言って背を向け、歩き出した。
それについて、留美も歩き出す。
 2階の扉を開けると、ごきげんようの言葉が3つほど出てきた。
スケッチブックに元気よく書かれた『ごきげんようなの』の文字も出てきた。

「で、留美ちゃん、返事を聞かせてもらえるかな?」

「はい」

「申し訳ありませんが、辞退させて頂きます」

「えっ…?」

 その言葉を発したのは雪見さんだった。
黄薔薇(ロサ・フェティダ)はそれを聞いてか聞かずか話し始めた。

「うーん、手伝うとなったら色々あるし、留美ちゃんが嫌なら仕方ないかな」

「嫌…という訳ではないんですが…」

「だったら何故なんでしょう?」

 今度は白薔薇(ロサ・ギガンティア)から質問される。

「その…私がお手伝いすると、紅薔薇(ロサ・キネンシス)の迷惑になるかなと…」

「何で迷惑になるのよ?」

 その強い言葉にびっくりする。紅薔薇(ロサ・キネンシス)だったからだ。 

「私がお手伝いする件で色々揉めてましたし…」

「…」

「その、私がお手伝いしたらまた揉め事があるかなと…」

 真希さんの事も気になる。私がお手伝いなんかしたら、色々やってきそうだ。
私はいいが雪見さんや薔薇さま方に迷惑がかかるのは嫌だ。

「と言う事で、すいませんでした」

 何か空気が嫌だったので、それだけ言って部屋から出た。


「これで良かったのかな、雪ちゃん?」

「…何が」

 何となく、今は物を考えたくなかった。

「だって、留美ちゃんは…」

「留美が何よ」

 その言葉が1つ物を考えさせてくれた。留美の事。

「留美ちゃんは、雪ちゃんと何か関係があるんでしょ?
昨日尋ねてきてくれた事だって」

「私じゃなくて茜さんを訪ねてきたのよ」

「でも、留美ちゃんが来た時、『あら、来てくれたのね』って言ってたよね?」

 私は素直にびっくりした。
黄薔薇(ロサ・フェティダ)はずっとこの2階の部屋に居たはず。
1階の入り口の会話が聞こえるなんて…。

「忘れちゃダメだよ雪ちゃん。私は耳とか鼻がいいんだよ」

 そう言われて思い出した。
黄薔薇(ロサ・フェティダ)こと川名みさき。
私の親友たる彼女は、小さい頃に目が見えなくなった。
 人間が感じ取る情報の8割以上は目からである。
それが無いみさきは、その分他の感覚で物事を捉えようとした。
そんなみさきの長い努力は、一人の超人を誕生させていた。
 みさきの視覚以外の感覚器官は常人の限界を突破している部分がある。
聴覚もその1つだった。

「…で、何で『あら、来てくれたのね』と言ったのかな、雪ちゃんは?」

「それは…」

 言葉に詰まった。適当にはぐらかす事は出来ないだろう。
みさきは聴覚も凄まじいが頭はさらにとてつもない。
IQに直せば200をゆうに超えるその頭脳は、大抵の事は瞬時に処理する。
 山百合会の仕事なども、一番効率の良い配分はおろか、
誰かが躓いた後の配分の変化とその中で一番効率の良い配分までも考えている。
彼女のおかげで、今まで6人でもどうとでもやってこれたのだ。

「大方、この写真の時にでも言ったのでしょうねぇ…」

 その代わりに、白薔薇(ロサ・ギガンティア)が答えた。
果たしてその答えは合っていた。
確かに写真を撮られた直後に薔薇の館に来てと言った。

「薔薇の館に来て欲しいような人なら、お手伝いしても問題ないんじゃないの?」

「…」

「それとも、郁未さま以外は嫌なのかな?」

 その言葉を聞いて、私の顔色が一気に変わった。

「お姉様は関係ないでしょう!!」

「…関係あるよ。雪ちゃん、気づいたら郁未さまの姿を追ってる…」

「そして、居ないと気づいて溜息をつくんだよ」

「…」

 図星を指されて俯く。
確かに、薔薇の館に入って何もする事がないと、
ふとお姉様である天沢郁未さまを探していた。
みさきには探している姿はわからないだろうが、その後の溜息で一目瞭然だった。

「辛いのは分かるよ。私だってお姉様が居なくなってどれだけ寂しかったか…」

「でもね、今の私には茜ちゃんや澪ちゃんが居るんだよ」

 そう言ってみさきは茜を見た。静かに本を読んでいる茜の姿は、
卒業された先代黄薔薇(ロサ・フェティダ) 鹿沼葉子さまそっくりだった。

「それにですねぇ、郁未さまもそんな事望んではいないと思いますよぉ。
もし私が卒業した後、瑞佳さんが私の事で悩むのは嫌ですしねぇ…」

 今度は白薔薇(ロサ・ギガンティア)が話し出した。
今瑞佳は居ないので、白薔薇(ロサ・ギガンティア)は私の方を見た。

「そりゃあ、想われてる事は嬉しいと思いますけど、
可愛い妹が何時までも悩む事を望むお姉様は居ないですよぉ?」

「…」

 そんな事は分かっている。でも、分かっているからどうなるものでもない。
お姉様が居ないのは事実だし、私がお姉様を探しているのも事実なのだ。
喩え留美が居ても同じ事だろう。留美は、お姉様とは違うのだから…。

「紅薔薇(ロサ・キネンシス)!!」

 考えは、バタン!と言うリリアンらしからぬ大きな音と、
またもやリリアンらしからぬ大きな声で中断された。

「どうしたの、瑞佳?」

 その声は瑞佳だった。普段はお嬢様然としている瑞佳が慌てている。

「大変です!留美さんが、留美さんが狙われています!」

 その言葉で心臓がドクン!と鳴った。
騒然となった部屋の音も、茜に落ち着いてと飲み物を出される瑞佳も、
スクリーンの外の世界のように遠く感じられた。

「どういう事かな、瑞佳ちゃん?」

「落ち着いて話してください、瑞佳さん」

 2人のいつもののんびりした口調で目の前がスクリーンから飛び出てきた。
しかし、口調はいつも通りだったが、みさきや由衣からも笑みが消えていた。

「えと…」

 茜から受け取った紅茶を1口2口飲んだ瑞佳は、説明を始めた。


 日直の仕事を済ませた瑞佳は、薔薇の館へ向かった。
その途中で、薔薇の館の近くにクラスメイトの広瀬真希さんを見つけた。
昼に留美と言い争いをしていた人が、留美が放課後向かう薔薇の館の近くに居る。
 何か怪しいと思って隠れて見ていると、薔薇の館から留美が出てきた。
すると、真希さんは留美の後を尾行するように歩き出したのだ。
留美の進路方向に居た瑞佳は慌てて隠れ、そこでじっとしていた。
すると真希さんは携帯を取り出してこう言ったらしい。
「今から学校を出るわ。手はず通りお願いね」

「その後は離れていったので上手く聞き取れませんでしたが、
暴走族とかいう言葉も出てきてたみたいで…」

 瑞佳は泣きそうになりながら一部始終を話した。

「なるほど…。あれはやっぱり苛めだったんですねぇ…」

「あれって何よ?!」

「今日の昼に留美さんのクラスに行った時、
留美さんの机に、落書きがあったんですよ」

「周りもあまりいい空気じゃなかったしねー」

「何で留美が苛められないといけないのよ?!」

「その…。真希さんは紅薔薇(ロサ・キネンシス)の妹になりたくてそれで…」

「!!」

「紅薔薇(ロサ・キネンシス)!」

「まって、雪ちゃん!」

 それを聞いた瞬間、私は飛び出して、上履きのまま走り出した。
留美の通学路は乗り駅までなら分かっている。それを辿る。
今ならまだそう遠くに行っていないはずだ。
 ざわざわと揺れる銀杏並木の木々達が、今は何故か怖かった。

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