私は今、大聖堂に居る。自分が通う、浅上女学院の代表として。 そこは相手側の学園にある大聖堂だが、その様相はケルン大聖堂などの 世界遺産指定を受けるそれと比べても遜色ないものだった。 壁や天井ではどこかで見たような装飾画が我勝ちにその存在をアピールし、 窓は下手な部屋より面積のあるステンドグラスが輝きを放っている。 その中で私たちは、事もすればヴァージンロードともなろう、 大聖堂中央の道を隔てて座っていた。いや、学園で結婚式は絶対挙げないけれど。 こちら側には私と後輩の瀬尾、向こう側には相手側学園の代表2人とシスター数人。 そわそわする瀬尾を窘めつつ、凛と構えて向こうと向き合っていた。 正面では、巨大なクロスの下で相手側の学園長が色々と事を述べている。 それを右から左に流しつつ(後でプリントを見れば分かる事だ)、向かいの2人を見る。 蒼い目にこげ茶の髪の、凛とした雰囲気のある少女と、 紅い目に紺の髪の、どこか危うい雰囲気がある少女。 瀬尾も、そんな目の前にいる2人の雰囲気に圧倒されているのだろう。 どうやら、代表に選ばれるべくして選ばれたようだ。 特に、こげ茶の髪をした少女に圧倒されている気がする。 瀬尾は私と見比べているような気もするが、そこら辺は後でゆっくり聞けばいい事だ。 そうこう思っているうちに、最初の儀式である顔見せは終りを告げた。 明日から私と瀬尾は、ここ「礼園女学院」で2週間を過ごす。 その後、逆に目の前の2人━名前は確か、黒桐鮮花と浅上藤乃と言ったかしら?━が、 浅上女学院で2週間を過ごす。そういう行事だ。 今日は顔見せだけなので、学院には留まらない。 目の前の2人と挨拶を交わした後、学院を出てホテルへ泊まる。 握手をした際、妙な違和感を感じたが、まあ、気のせいだろう。 暫く歩くと、横から長いため息が聞こえてくる。 見ると、瀬尾がホッとしたような表情を浮かべていた。 「瀬尾、招待された学院の中で溜息をつくのはいただけないわね」 そう言って瀬尾を見ると、びくっと肩を震わせて縮こまる。 この子はこういった類の動作が非常に可愛い。だから、ついからかいたくなってしまう。 「それにしても、中々気品あふれる方々だったわね」 「気品と言うか、迫力が溢れてますよぅ…その、何と言うか…」 「私みたいな?」 「はい!………ぁ」 その返事の後暫くして、顔色を蒼白に染める。 返事と共に私の目が細めになったのが原因だろうか。いや、多分寒いのだろう。 「ふぅん、類似点などを後でゆーっくりと聞かせてもらおうかしら」 「いや…あの…その……あぅ〜……(泣)」 涙目になっている瀬尾をよそに、 耳にかかる髪を後に払いながら、歩を進める。 そういえば、前に兄さんが、このポーズは秋葉に似合っているとか 仰っていたわね。兄さんに会う時はこのポーズは外せないわね。 兄さんは、元気にやっているかしら…。 いや、まだ離れて1日しか経っていないのだけれど。 むしろ、周りに居るアーパー吸血鬼やエクソシストが 色々とちょっかいを出してなければ良いのだけど…。 帰宅後の状況次第では決着を着けた方がよさそうですわね。 そんな事を考えていると、いつのまにか学外に出ていた。 高い塀に囲まれた学園を出て、ビルの横を歩いていく。その時… ドクン… 突然、心臓が高鳴った。同時に、血液が全身を駆け巡る。 普通自覚できない血流を、内部から感じ取る。 全ての紅い液体が、ソコに何かがある事を伝えてくる。 ドクン… 頭髪の変色を辛うじて抑えつつ(今横には瀬尾が居るのだ)、ソコを見た。 ビルとビルの隙間、どこの街にもある、死角。ソコに何かがある。 瀬尾に、気になるものがあるから残るので、先に帰るようにとだけ伝え、 ソコに疾る。瀬尾が何か言っているが、聞く余裕はなかった。 今の私の髪を見られるわけにはいかなかったからだ。 ドクン… 駆け込むように、街の狭間へと入ってゆく。 途中、奥側のビルの名前が見える。巫条と言う名前だった。どうでもよかった。 その先に一人の男が居た。体格の分かる青色の服に、裏地が赤の黒マント。 これほど典型的なタイプも珍しい。いや、近くに居る奴が珍しいだけなのだろうが。 その手には、かつて人だった、干物のようなナニカが握られていた。 「ほぅ、私を見ても怯まないか、人間よ」 奴が何か話している。どっちでもよかった。ここでやることは1つだから。 許さない。私の前で人の血を吸う。それが許されていいはずは無い。 私だって━ そう思った時には、私から見えない奔流が流れ出す。 それは、相手の居た地点を中心に地面を穿った。 そして、ほぅ…と言う声が相手の口から聞こえた。私の耳元で。 背筋を氷塊で包まれた感覚と共に、その場から飛びのく。 5mほど離れた所に立っている相手は、自らの腕を見ながら独り言を呟いていた。 「ふむ…視認地点に移動し、接触した部分から熱を奪うStreamか」 見ると、腕の一部分が青白く変色している。どうやら私の攻撃はカスっていたらしい。 それだけ言い終わると、その青白く変色している部分を叩いた。 ガラスのようにそこは割れ、新たな腕が再生する。 どうやら、一部を奪うだけでは致命傷どころか軽傷すら負わないようだ。 「人間にも面白い奴が居るものだな。よかろう。お相手しよう、お嬢さん 我が名はデミトリ。デミトリ・マキシモフ。闇に映えるヴァンパイアなり!」 そう言うと、こちらに向かって一直線に前進してくる。 足は動いていないが、ダッシュのつもりだろうか。舐めている。 もう一度相手を視る。今度は左右と上空もしっかり見た。 もしそれが見えていれば、包み込むかのような紅い髪の檻が出来あがっただろう。 その見えない檻に相手は突進し━私の目の前にいた。 相手が消えた事を認識した瞬間には、 既に相手は攻撃の予備動作に入っていた。 凄まじい速度の拳が迫ってくる。 私に出来たのは、両手を前に構えることと、その両手を見ることだけだった。 「デモン・クレイドル!」 そんな言葉と共に、捻じ切られんばかりの衝撃が身体を襲う。 自分の意識を根底から攪拌されるような感覚を感じて、私は気を失った…。 「どうやら、力が不運と幸運を呼んだようだな」 技後の体制を整えたデミトリは、そう言って小さく笑った。 その拳は、真っ青な結晶となっていた。 先の攻撃の時、吸血の為に威力を加減した攻撃を放つ予定だった。 異端の血を吸ってみたくなったのである。 しかし、相手が放つstreamは自分の予想を遥か上回るものだった。 生存の為の本能が身体を加速させ、そのまま相手に攻撃を叩き込んだ。 結果、本来気絶させる程度の威力が、肉片まで分解するような威力に変わる。 そして、相手はその手にstreamを発生させつつガードする事で威力を緩和した。 それらが合わさった結果、自分の望む形になったのだ。 後は、少女を抱きかかえ、その首に牙を突き立てるだけである。 そう考えて歩み寄るデミトリと横たわる少女の間に、1つの影が舞い降りた。 「そこを退いてもらえないかね?」 そんなデミトリの言葉を無視して、影は横たわる少女へと意識を向けていた。 体の内部に突き抜けた衝撃を喰らったようだ。下手したら内蔵にダメージが及んでいる。 一刻も早く処置をした方が良い重体だ。 「…そこを退きたまえ、少年」 無視されたのが多少影響したのか、先ほどよりも険のある口調でデミトリが言った。 その最後の言葉で、こちらも少し火がつく。…誰が少年だ… そして、2人は徐々に近づき、お互いの距離が5m程度になったとき、2人とも爆ぜた。 まず仕掛けたのはデミトリ。疾走のまま寸分違わず相手の心臓を狙う手刀を繰り出す。 身体を屈めてそれを避けた影は、屈めた姿勢のまま、 懐から取り出した短刀で、突き出した相手の腕を払う。 デミトリは、避けられて無防備な腕を晒していても再生能力があるので余裕だった。 が、その理性と裏腹に、幾千の戦いで鍛え上げられた直感は、氷のような感覚と共に、 その後の体勢など一切お構いなく、全力で腕を引いた。 崩れた体勢に追い討ちをするかのように繰り出される短刀。 本来ならばわざと一撃受け、その隙に相手に致命傷を与えれば良いのだが、 何故か今回はその選択肢が正解でないと感じていた。 その理由をデミトリはすぐに知る事になる。 連続攻撃で相手を追い詰め、避けようの無い体勢へ一撃を加える。 しかし、その一撃は宙を掠めた。何が起こったか分からなかったが、 身体はちゃんと反応してくれたようで、自分の斜め上へと意識を向けた。 そこにはドリルがあった。 工事現場などで使うような現実的なものではなく、円錐の形をしたドリル。 影は己の本能に従うままに、その先端に短刀を浴びせた。いや、正確には ━その先端に走る、線に短刀を浴びせた━ 次の瞬間、そのドリルを象っていた黒いモノは全て剥がれ落ち、 中からデミトリが現れ、短刀の一撃で押しやられた場所へと着地した。 「想像以上だったぞ、人間。まさか私の眷属達を殺るとはな」 デミトリから剥がれ落ちたモノは地面でピクリとも動かずじっとしている。 蝙蝠だった。それも只の蝙蝠ではない。デミトリの力を受け、デミトリ自身の 死が訪れない限り死ぬ事は無い蝙蝠達を、目の前の相手は殺してのけた。 何かは知らないが、夜の自分達をも葬る攻撃手段を相手は持っている。 これ以上の争いは自分にとって有益ではなかった。 「中々楽しかったが、これ以上遊んでいる暇は無い。さらばだ」 そう言って、デミトリは消えた。 残された影は、倒れる少女を背負い、歩き始めた。 あいつの事務所に連れて行けば何とかなるか。 借りは作りたくないがやむをえないだろうな…。 歩き始めて路地裏を抜けると、月の明かりに照らされた影がはっきりと映えた。 ショートカットの綺麗な黒髪。その下は紺の着物に赤いジャンパー。 デミトリが男と間違えるのも無理はない、中性的で整った顔立ちがその間にあった。 それらの持ち主「両儀 式」は、やがて歩みを止めた。 立ち止まるその目の前には、知り合いの工房「伽藍の堂」が在った。 入った瞬間、私は背負う少女を落としそうになった。慌てて体勢を立て直す。 仕方ないだろう?入ってすぐに、寝てる猫娘が目に止まったのだから…。 「何してる…幹也…」 状況を整理しつつ、それだけを口から言った。 猫娘の額にあるタオルを変えていた「黒桐 幹也」は、 それを受けて、看病に決まってるじゃないか、式。と笑顔で答えやがった。 背中に背負う少女の事も忘れて幹也に詰め寄ろうとすると、電話が鳴った。 「おい!事務所に魔力が入った気配を感じたぞ。何があった?」 幹也が電話を取ると、私にも聞こえるような声で電話から声が出る。 「あ、橙子さん。実は…」 その声に驚いた幹也は、電話の相手「青崎橙子」に事の次第を説明する。 猫娘が倒れていたから連れて来た。というようなワケノワカラナイ話を聞きながら、 私は少女をソファーに寝かせて、一人ため息をついていた。 …どうやら、厄介事に巻き込まれたようだな…